「空」は 変数(X)
「無」は〈0〉「空」は〈1〉 のつづき。。。
気持ちとしては 話の先に 進みたいのであるが(笑)
もう少し 説明を しておく必要がある。
前に 「地」と「図」について 書いたように
この2つは どちらか 一方だけでは 存在出来ない。
そして 〈等価〉 である。
例えば 一方に 肩入れして もう一方を 無視すれば
(無関心や 無意識も 含む)
この2つは 〈等価〉とは 思えないだろう。
しかし 好き嫌いや 善悪で 見なければ
この2つは 〈等価〉 なのである。
一応 注意しておくが 〈等価〉は
〈同じ〉 ということでは無い。 裏表の関係 である。
マザーテレサが こんなことを 言っている。
「愛の反対は 憎しみでは無く 無関心。」
近視眼的に見ると 愛の反対は 憎しみである。
確かに 一つの物事の 裏表 であるが。。。
しかし 俯瞰的に(あるいは 深く繊細に) 観てみると
この2つは どちらも 意識(関心)を 向けている。
それに対して 無関心は 意識を向けていない ということだ。
過去 現在 未来。。。
過去=過ぎ去って 既に 存在しない時間。
現在=今 やって来ていて 過ぎ去ろうとしている瞬間。
未来=未だ やって来ていない 存在しない時間。
これを 過去+現在 対 未来 と捉えるか?
または 現在+未来 対 過去 と捉えるか?
あるいは 過去+未来 対 現在 と捉えるか?
過去 対 現在 対 未来 と 3つに分けるのか?
あるいは 時間の経過(繋がり) と捉えるのか?
この 捉え方の 違いによって 観方は 変わる。
前回は 〈0〉〈1〉 そして その間を 移動する
〈私〉の 思考(指向/嗜好)を 観た。
それに対して 今回は それ(2)以上の 話である。
しかし これも 俯瞰的に捉えると
全て 二元対立と 考えることが出来て
一つの物事の 裏表 であることが 観えてくるのだ。
さて ここでも 登場するのが 〈私〉 である。
〈私〉の 思考(指向/嗜好) である。
〈色即是空 空即是色〉であるならば この〈私〉も
「空」で なければならない。
そうでなければ 「四苦八苦」の 〈死〉。
〈私〉の〈死〉=〈苦〉は 「空」とは 言えない。
西洋哲学では デカルトの「我思う ゆえに我あり」に始まり
言語学者のソシュールや 実存主義のニーチェ ハイデッガー
などに至るまで 〈私〉が 居続ける。
「神は死ん」でも! である。
相対性理論のアインシュタイン以降の 量子力学においても
それは変わらず 観察者の〈私〉が 居続け
その存在が 在ることで 影響を 与えることになる。
しかし 一般的には ここまでで 充分 役に立つ。
二元論 そして それが 一つの物事の裏表 であることを
観察を通して 実感するだけで 充分である。
でも これが なかなか 理解出来ない人たちが
無関心も含めて 実感しようとしない人たちが たくさん居る。
これが 世の中に たくさんの〈苦〉を
生み出してる というのに。。。
あぁ。。。
ここまで来ても 「空」を 論理的に 説明出来なかった。。。
ということで 次は 別の角度から 観てみよう。
これも 突然! やって来たのだ。
そういえば 今日は 旧暦の 大晦日♪
明日は 旧暦の お正月♪
皆さん 良いお年を!!
今夜は 年越し蕎麦でも 食べるかな♪(笑)
*これは 花では無い。 野菊の 花が散った後の 萼(がく)*




