Kaji-G ART WORKS /気ままに のんびり Diary

気ままに のんびり ダイアリー  = Artist 梶山こうじの 日常 =  制作日記 イベント情報 想い。。。いろいろ

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〈私=空〉と〈私という鎧〉

 
   さて 前回。。。
   〈私〉の周りに 〈私という鎧(世界)〉が 形成されていく
   と 書いて 終った。

   今回は この辺りについて 書いていこう。



   この話の 一番最初の日記。。。「「空」とは 何か?」に
   「五蘊」(認識出来るものの 全て)は「空」である と書いた。

   これは 『般若心経』に 〈五蘊皆空〉と 書かれているのだが
   この「五蘊」とは。。。

   色(物質) 受(感覚) 想(思い) 行(意志) 識(意識) の
   5つを 指す。

   そして 〈五蘊皆空〉の例として 〈色即是空 空即是色〉と
   言っているのである。



   この中で 基本となるのは 色(物質) 受(感覚) である。
   この2つが無ければ 想(思い) 行(意志) 識(意識) は
   存在出来ない。


    一時期 色(物質)と 受(感覚)の関係を
    物理的(素粒子的)視座で 語られたりしたのであるが
    哲学 同様 これも めっぽう難しくって。。。
    説明しても 理解するのに 相当 苦労する羽目になるから
    ここでは 採り上げないが。。。 そういう観方も 出来る。


   色(物質) 受(感覚)が 無ければ 正に 「無」となる。

   また 色(物質)が あっても 受(感覚)が 無ければ
   「無」と 同様であり
   逆に 受(感覚)が あっても 色(物質)が 無ければ
   「無」と 同様なのである。
   一方だけでは 存在出来ない ということである。



   つまり 2つの 色(物質)が あっても
   少なくとも その一方に 受(感覚)が 無ければならず

   その 受(感覚)は 色(物質)の一部 というよりも
   質量の無い 〈感じる性質(感性)そのもの〉 としたワケだ。

   そしてそれが 「空」であり 受(感覚)としての〈私〉であり
   実存しない〈1〉であり 質量の無い〈点〉であると
   説明したのである。




   ここで 質量(面積/幅/長さ)の無い〈点〉に 戻ろう。

   話を 簡単にする為に 生まれたばかりの 赤ちゃんを
   質量(面積/幅/長さ)の無い〈点〉と 考えてみよう。

   そこには まだ 一つの経験も 知覚していない
   受(感覚)としての〈私〉=質量の無い〈点〉が 在るだけ。



   その真っ新な 状態から 知覚を 経験していく。。。

   しかし まだ この段階では ごく僅かな 生理的 知覚以外は
   二元対立的(白黒的) 分別(対比)は 無い。
   おおよそ 五感の知覚は 混沌とした グレー状態である。

   それが たくさんの知覚体験の 積み重ねの 記憶により
   少しずつ 分別をするように なっていく。。。

   そのうち 自分の手を観て 自分の手と 理解し
   鏡に映る 自分の姿を観て 自分と 理解していく。

   二元対立的 分別が 始まった。



   これを 別の角度から 〈図〉にしてみよう。

   紙の上に 質量(面積/幅/長さ)の無い〈点〉が 在る。
   その点=受(感覚)としての〈私〉の 周りに
   私 であると〈認識された 私〉が 纏わり付いていく。

   例えば 円グラフのようなものを 想像すると解るかな?

   その時 その 境界の内側が 〈認識された 私〉であり
   その外側の 全てが 〈私で無いもの〉となる。

   この段階で ハッキリ 内側が白 外側が黒 となり
   一旦 グレーは 消える。



   その後 母親や父親という存在も 白に 従属されるが
   それもまた 徐々に 微妙なグレーに 変わってゆく。

   物も 同様である。 白に近いグレーの グラデーションの中で
   時により 変化するが。

   そして 物の場合 子どもの成長とともに 必要で無くなると
   黒に近いグレーから 黒に 変わる。



   そうやって 質量の無い〈点〉であった〈私〉 が
   私であると〈認識された 私〉と 私に従属する〈私の物〉に
   囲まれていって 〈私という鎧(世界)〉が 形成されていくのだ。

   そして そこに関わるのが 受(感覚/感性)から 生まれた
   想(思い) 行(意志) 識(意識) である。

   生理的なものも含めた 選択(分別)。 意識的な選択(分別)。
   感情。 意志。 思い(夢/希望/願い)。 知的想像力。。。

   そういったものが 経験の積み重ねから 生まれてくる。



   この 〈私という鎧(世界)〉を着た 私が
   一般的に言うところの 私 である。




 
                                    *タンポポの 綿毛*





 
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